トラック運送業界において、ドライバーの安全運転技術の向上と事故防止は最重要課題です。大型車両による事故は被害が大きくなる傾向があり、会社の責任も問われます。
そのため、法定研修の確実な実施と、企業独自の効果的な研修プログラムの構築が不可欠です。本記事では、人事担当者が知っておくべきトラックドライバー研修の要点を解説します。
- トラックドライバーの事故の主な種類と原因、その防止対策
- 初任運転者研修と法定12項目研修の具体的な内容と実施要件
- トラックドライバー研修に活用できる助成金制度の詳細と申請方法
1.トラックドライバー研修が必要な理由
貨物自動車運送業界では、トラックのような大型車両による長距離運転がなければ成り立ちません。しかし、それは常に交通事故のリスクを伴うことでもあります。
大型自動車が関与する事故は、普通車同士の事故より被害が大きくなる傾向があり、事故の原因がトラック側にあれば、会社が責任を問われ深刻な損害が生じる可能性があります。
事故の確率を減らすために重要なのは、ドライバーの運転技術向上とモチベーション維持です。適切な研修は、その目的を達成するために非常に効果的です。
2.トラックドライバーによる事故の原因
公益社団法人全日本トラック協会が行った調査によると、2020~2023年に起きた車両事故の7割は車両相互の事故となっています。この車両事故はどのような場面で発生したのかを見てみましょう。
参考:2023年の交通事故統計分析結果【確定版(車籍別) 死亡・重傷事故編】|全日本トラック協会
①駐・停車中の追突
2020~2023年に起きた車両相互の事故で最も多いのは、駐・停車中の追突事故です。いずれの年も2割近い数となっており、特に2021年以降は増加しています。
駐・停車中の追突事故が多い主な理由
渋滞や低速運転時の注意力低下 | 渋滞中や低速運転時に、前方の停車中の車両に気づくのが遅れて追突してしまうケース |
ドライバーの集中力低下 | 居眠り運転や脇見運転、周囲の状況の楽観的な予測 |
予測の難しさ | 「渋滞末尾」「工事・事故」「駐停車中」など、先行車の減速停止を予測しにくい状況での事故が多発 |
トラックの特性 | トラックは元々車両が重く、急停止が困難な車であり、荷物を積載した状態であれば、停車に必要な制動距離はさらに長くなる |
事故防止のためには、ドライバーの安全意識向上や周囲の状況への注意力の維持が重要です。
②出会い頭衝突
出会い頭衝突も、同調査で全体の2割近くを占めています。
出会い頭衝突が多い主な理由
安全確認不足 | ドライバーが進行方向にのみ注意を払っていると、左右から来る車両に気づかない |
誤った判断 | 相手車両の存在に気づいていても、「出てこないだろう」と誤って判断してしまうケース |
一時停止の無視 | 自分の走行している道路の方が広いと錯覚し、一時停止をしないケース |
道路幅の錯覚 | 自分の走行している道路の方が広いと錯覚し、一時停止をしないケース |
慣れによる注意力低下 | ベテランドライバーの場合、慣れた道路での緊張感の欠如が原因となる |
信号のない交差点 | 相手が出てこないだろうと誤った判断が、出会い頭衝突を引き起こす |
出会い頭衝突事故防止のためには、交通ルールの遵守と十分な安全確認がポイントです。
③左折時衝突
左折時衝突は全体の1割ほどを占めており、油断できません。
左折時衝突が多い主な理由
大型車両の特性 | トラックは左折する際に右側に大きく膨らんでから曲がるが、これを右折と勘違いした他の車両や自転車が左サイドに接近し、事故につながるケース |
死角の問題 | 右側の運転席からは左サイドの死角が大きくなるため、自転車やバイクなどが見えにくい状況がある |
巻き込み事故 | 左折時に自転車やバイクを巻き込んでしまうケース |
これらの要因により、トラックドライバーにとって左折時衝突は、特に注意が必要な事故のひとつとなります。左折する際には十分に速度を落とし、周囲の安全確認を徹底することが大切です。
3.【義務】トラックドライバーに必要な2つの研修
こうした事故を防ぐため、トラックドライバーは法律で定められた2つの研修を受けなければなりません。
①初任運転者研修
初任運転者研修は、新たに雇用されたドライバーや過去3年以内に初任運転者研修を受けていないドライバーが、受けるべき教育プログラムです。
トラックドライバーとしてのキャリア形成における基礎を構築し、安全を重視する価値観を育成することを目的としています。
研修は国土交通省が定めた法定12項目の指導・監督指針に基づいて実施されます。事業者はこの研修記録を保管しなければなりません。保管期間は一般的には3年間とされています。
指導や監督を怠った場合、車両の使用停止処分などの行政処分を受けることになるので注意が必要です。
②法定12項目研修
法定12項目研修は、すべてのトラックドライバーが受ける研修です。国土交通省が定めた「貨物自動車運送事業者が事業用自動車の運転者に対して行う指導及び監督の指針」に基づき、毎年実施されます。
法定12項目研修の内容
①事業用自動車を運転する場合の心構え | 安全意識の重要性、事故が社会に与える影響など |
②事業用自動車の運行の安全を確保するために遵守すべき基本的事項 | 運転方法や日常点検、加害者となった場合の処分など |
③事業用自動車の構造上の特性 | 車高や視野、死角、内輪差、制動距離など |
④貨物の正しい積載方法 | 積載方法の知識、積載時の運転方法など |
⑤過積載の危険性 | 過去に起きた事故の事例、罰則など |
⑥危険物を運搬する場合に留意すべき事項 | 必要な携行品、事故発生時の対処法など |
⑦適切な運行の経路及び当該経路における道路及び交通の状況 | 適切な経路選択、運行経路情報の把握方法など |
⑧危険の予測及び回避並びに緊急時における対応方法 | 危険予測運転、緊急時対応の技術など |
⑨運転者の運転適性に応じた安全運転 | 適性診断の必要性、診断結果の活用方法など |
⑩交通事故に関わる運転者の生理的及び心理的要因とこれらへの対処方法 | 過労運転防止、飲酒運転防止の重要性など |
⑪健康管理の重要性 | 健康起因事故の防止、身体面・精神面の管理方法など |
⑫安全性の向上を図るための装置を備える事業用自動車の適切な運転方法 | 運転支援装置の理解、適切な使用方法など |
この研修の記録も初任運転者研修と同様に、3年間保管しなければなりません。
参考:貨物自動車運送事業者が事業用自動車の運転者に対して行う指導及び監督の指針|国土交通省
4.企業ごとのトラックドライバー研修
企業の多くは、法で定められた研修の他に自社独自の研修を行っています。
トラックドライバー研修の組み立て方
企業独自のトラックドライバー研修を実施する際、まず重要なポイントは、法定12項目を押さえた内容にすることです。そのうえで、自社の特性を研修に反映しましょう。
例えば、自社の事故事例データや防止対策を用いれば、説得力が高まります。
取り扱う貨物が限定されている場合は、必要な注意事項に重点を置くと、より研修効果が上がります。運行経路の情報など、実際の業務で役立つ内容を取り入れましょう。
設計の際のポイントとしては、研修内容を答えではなくヒントとすることです。研修を通じてそれぞれのドライバーが自身のスタイルを構築できるように促します。
ドライバー同士が親身になって指摘し合える環境づくりも大切です。
トラックドライバー研修の実施例
企業にはそれぞれ特性や事情があるため、どの取り組みが正解だと決めるわけにはいきません。以下のような実施例を参考に、自社独自の研修を設計しましょう。
座学と実技
ある企業で行われているのは、アンガーマネジメント研修です。どのような場合でも平常心で運転できるよう、映像などを用いて座学で理解を深めています。
一般社団法人愛知県トラック協会では、ドライバー向けにドライバーキャリアアップ研修を開催しており、研修項目のひとつにアンガーマネジメント研修も含まれています。
また、社内で運行管理者資格を取得するための勉強会を開催している企業も多いです。
株式会社岩瀬運輸機構では、運行管理者資格試験に合格することを目的とした社内講座を始めました。
運行管理者資格取得の研修を通して、従業員のキャリアアップに留まらず、企業全体の運行管理能力の向上を目指しています。
具体的な勉強方法が分かって良かったです!
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実技では、積込検証会の実施や目測訓練などを行っている企業もあります。トラックの日常点検や万が一の場合の応急措置についての研修も効果的です。
事故の再発防止のための研修
事故や違反を起こしたドライバーに対し、再発防止のための研修を実施している企業は多数あります。
ドライバーが自身の問題点に気づけるよう、ヒアリングや運転適性検査、運転実技、KYT(危険予知トレーニング)トレーニングなどを行っています。
日豊運輸株式会社では交通事故を起こした運転者について、その再発防止を図るために事故惹起者研修を実施しており、交通事故再発防止の座学の他、安全運転の実技も行っています。
一般社団法人愛知県トラック協会では、軽微な事故や違反を起こしたドライバーを対象にドライバーステップアップ研修を開催しており、座学と実技を通して交通事故再発防止に取り組んでいます。
定期的に安全会議を開く
毎月、または年に数回など、定期的に安全会議を実施している企業も多いです。
会議では危険予知訓練やヒヤリハット情報の共有などが行われます。交通安全に関するクイズやグループワークを実施している企業もあります。
竹島運送株式会社で行われている安全会議では、安全教育の座学の他、ヒヤリハット体験に基づいた事例を参考に、対応策や今後の改善策などを討論しています。
ロジカ株式会社の安全会議では、日野自動車の整備士を講師に招き、日常点検の座学と実地研修を行っています。
警察署に交通安全教育指導の出張講習を依頼
地域によっては、交通事情に詳しい警察官による講習が行われており、出張講習を依頼する企業もあります。
講習では最新の交通法規や事故統計の解説、管轄エリアにおける事故事例の分析と防止策の提案、交通安全意識の向上などが指導されます。
5.トラックドライバー研修の助成金について
研修を充実させたくても、予算を十分に確保できない企業もあるでしょう。
トラックドライバー研修には、全日本トラック協会と各都道府県トラック協会が提供する助成金制度があります。研修設計の際にはこの制度を活用するのがおすすめです。
ドライバー等安全教育訓練助成制度とは
ドライバー等安全教育訓練助成制度は、全日本トラック協会が実施している助成金制度です。
事故の防止やドライバーの安全意識の向上、ドライバー教育の充実を目的としています。この制度の対象となるのは、全日本トラック協会が指定する施設で実施される一般研修と特別研修です。
参考:令和5年度ドライバー等安全教育訓練促進助成制度について|公益社団法人全日本トラック協会
ドライバー等安全教育訓練助成制度の詳細
ドライバー等安全教育訓練助成制度の助成金額は以下の通りです。
助成金額の内訳
- 一般研修:受講料に関わらず一律1万円
- 特別研修:受講料の7割(Gマーク認定事業所の場合は全額)
令和5年度の場合、申請期間は令和5年4月1日から令和6年3月31日までとなっています。
正当な理由なく研修を修了しなかった場合、または期日までに必要書類を提出しなかった場合などは、助成金が受けられないため注意しましょう。
ドライバー等安全教育訓練助成制度の手続きの流れ
手続きの流れは以下の通りです。
手続きの流れ | 手続きの詳細 |
都道府県トラック協会への事前確認 | ・研修を予約する前に、まずは所属する都道府県トラック協会で確認する ・予算の関係上、予約ができない場合もある ・あらかじめ助成金交付の可否や人数等について把握しておく |
研修施設への研修予約申込み | ・問題がなければ、研修施設に予約を入れる ・提出書類等に関して指示があった場合には、それに従う ・受講料は受講開始日の7日前までに納入 |
助成金交付申込み | ・助成金交付の申込みは、所属する都道府県トラック協会で行う ・助成申込書を提出する |
研修の実施 | ・一般研修は1泊2日、特別研修は2泊3日で実施されるので、必ず参加する |
必要書類の提出 | ・研修を修了したら、7日以内に所属する都道府県トラック協会に実施報告書と修了証などの添付書類を提出する |
助成金の交付 | ・助成金は所属する都道府県トラック協会から交付される |
6.安全運転を支える体系的な研修制度の確立
トラックドライバーの研修は、安全運転の徹底と事故防止という重要な目的を持っています。
法定研修の確実な実施に加え、企業独自の研修プログラムを効果的に組み合わせることで、より実践的な安全教育が可能になります。
また、助成金制度を活用することで、予算面での課題も解決できます。ドライバーの安全意識向上と技術の習得を支援する体系的な研修制度の構築が、運送業界の安全性向上と持続的な発展につながるのです。