「みなし残業」という言葉は日常的に使われていますが、その正確な意味や法的な位置づけが曖昧という人事総務担当者も多いのではないでしょうか。実際に、多くの企業で「固定残業代制(みなし残業)」と「みなし労働時間制」を混同し、誤った運用をしているのが現状です。
不適切な運用は、未払い残業代の発生や訴訟リスク、さらには企業の信頼失墜につながる可能性があります。
本記事では、固定残業代制の正しい理解から導入手順、法的リスクの回避方法まで、採用・人事担当者が知っておくべき実践的な知識を網羅的に解説します。適切な制度設計により、予算管理の効率化と従業員の信頼確保を両立させましょう。
- 固定残業代制と裁量労働制の違いがわかり、自社に適した制度設計ができる
- 法的リスクを回避する6つの条件で、コンプライアンス違反による訴訟リスクを防ぐ
- 求人票への記載方法から運用チェックリストまで、具体的なノウハウが得られる
1.「みなし残業」という言葉の大きな誤解

「みなし残業」という言葉は「みなし労働時間制」と混同されやすく、本来とは異なる意味で使われる場合があります。ここでは、一般的に用いられる「みなし残業」とは何を指すのか、その正しい意味や制度について解説します。
そもそも「みなし残業」は法律用語ではない
「みなし残業」はあくまで一般的な呼び方であり、法律上の正式な用語ではありません。一般的にみなし残業とよばれるものは、法律上の「固定残業代制」にあたります。
固定残業代制とは?
あらかじめ一定時間分の残業代を給与に含めて支払う制度。
基本給に加えて「○時間分の残業代○円込み」として固定支給される。時間外労働の有無にかかわらず支払われる点が特徴。
※実際の残業時間がその時間を超えると、追加支給が必要な場合があります。
多くの企業が陥る「固定残業代制」と「みなし労働時間制」の混同
よく混同される制度として、「みなし労働時間制」が挙げられます。違いを確認しておきましょう。
| みなし残業(固定残業代制) | あらかじめ一定時間分の残業代を支払う制度 |
| みなし労働時間制 | 一定時間働いたものとみなす制度 |
みなし残業は残業代の計算方法に関する制度、みなし労働時間制は勤務時間の扱いに関する制度です。

どちらも、実際の労働時間が超過した場合には、追加の支払いが必要になります。
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みなし労働時間制と混同しやすい「裁量労働制」については、こちらの記事で紹介しています。専門業務型と企画業務型の違い、導入手続きの詳細、健康確保措置の義務化など、人事労務担当者が押さえておくべき最新情報を網羅的に解説しています。
2.【基本理解】みなし残業を語る前に知るべき労働時間の大原則

みなし残業を正しく理解するには、まず労働時間に関する基本的なルールを押さえる必要があります。
大前提:時間外労働には「36協定」の締結・届出が必須
労働時間は、原則として1日8時間・1週間40時間以内と法律で定められています。この法定労働時間を超えて従業員に時間外労働をさせる場合は「36協定」を労使間で締結し、所轄の労働基準監督署へ届け出る必要があります。
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36協定の基本知識や上限規制、届出の手順について詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。特別条項の設定方法や違反時のリスクなど、企業の人事担当者が押さえておくべき重要ポイントを網羅的に解説しています。
知らないと危険!法律で定められた残業時間の「上限規制」
「36協定」を結んでいても、無制限に時間外労働ができるわけではありません。時間外労働の上限は、原則として月45時間・年360時間と法律で定められています。臨時的かつ特別な事情がない限り、この上限を超えることはできません。
3.【導入メリット】なぜ企業は固定残業代制を選ぶのか?

一定の企業が固定残業代制を採用しているのは、運用上のメリットがあるためです。ここでは、企業側がこの制度を選択する主な理由を見ていきます。
メリット1:人件費の見通しが立てやすくなる
固定残業代制では人件費が管理しやすくなります。例えば、繁忙期と閑散期で労働時間が変動する場合、月ごとの人件費が安定しにくく、年間の予算や資金繰りが立てづらいという課題があります。
その点、固定残業代制では一定の残業代を設定できるため、月ごとの変動を抑えられるのです。

結果として、人件費を見通しやすくなり、予算管理や経営計画がスムーズになります。
メリット2:従業員の生産性向上へのインセンティブ
固定残業代制を適切に運用することで、従業員に業務効率化の意識を促せます。
■例えば…
毎月25時間分の固定残業代が支給された場合

頑張って10時間の残業で仕事を終わらせれば、15時間分は働かずに残業代が貰えてお得だ!
そのため、「残業時間を増やして残業代を稼ぐ」という非効率な働き方を回避し、生産性の向上を期待できます。
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注意点:データで見る長時間労働との危険な関係
一方で、固定残業代制を誤った形で運用すると、職場環境の悪化につながるおそれがあります。例えば、「固定残業代以外の追加の残業代は不要」「固定分を超えて残業させても問題ない」といった誤解があると、長時間労働を助長してしまうリスクがあるのです。
厚生労働省が「時間外・休日労働が1か月あたり80時間を超えるおそれのある事業場」など26,512事業場を対象に調査したところ、11,230事業場(42.4%)で違法な時間外労働が確認されました。
長時間労働に関する実態調査結果
対象: 月80時間超の残業おそれがある 26,512事業場
違法な時間外労働があった事業場で確認された問題
こうしたデータからも、長時間労働の発生要因には、制度設計や労働時間管理の不備が深く関係していることが分かります。固定残業代制では、あらかじめ決められた残業代を支払う仕組みを取りますが、その時間を超えて労働させる場合には追加の割増賃金を支払う義務があるのです。
参照元:厚生労働省「長時間労働が疑われる事業場に対する令和6年度の監督指導結果を公表します」
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2024年4月の法改正により、運送業界にも厳格な労働時間規制が適用されています。運送業界における働き方改革の実践方法について、詳しく知りたい方はこちらの記事をご覧ください。
4.【適法性の分かれ道】固定残業代制を有効にする6つの絶対条件

固定残業代制は、正しく運用すれば予算管理の効率化や生産性向上につながる一方、不適切な運用を行うとコンプライアンスリスクや法令違反に直結します。 ここでは、押さえておくべき6つのポイントを整理します。
条件1:明確区分性の原則|基本給と固定残業代は明確に分けているか
固定残業代制を有効にするためには、「明確区分性の原則」を守る必要があります。
明確区分性の原則とは
基本給と明確に区分して固定残業代を記載するというルール。区分せず曖昧に記載していると、残業代と認められないおそれがある。
給与明細などには、固定残業代の時間数と金額を具体的に示し、基本給とは別に記載しなくてはいけません。
条件2:周知と合意|就業規則・雇用契約書への記載と従業員の同意は得ているか
固定残業代制を導入する場合、あらかじめ就業規則や雇用契約書に制度内容を明記し、従業員の同意を得ることが必要です。記載する際は、基本給とは区分して、固定残業代の時間数と金額を具体的に示します。
■記載例
・基本給:250,000円
・固定残業代:50,000円(20時間分の時間外労働に相当)
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条件3:超過分の支払い義務|設定時間を超えた残業代は1分単位で支払っているか
労働時間は原則として1分単位で計算されなければなりません。たとえ固定残業代制を導入していても、勤怠管理を正確に行い、固定時間を超えた残業があれば、追加で支払う必要があります。
条件4:最低賃金の遵守|固定残業代を除いた基本給は最低賃金を下回っていないか
固定残業代制を導入する際は、固定残業代を差し引いた基本給が最低賃金を下回らないようにする必要があります。最低賃金は都道府県ごとに異なるため、厚生労働省のHPなどで事前に確認しましょう。
なお、月給制の場合は、次の計算式で最低賃金を満たしているか判断します。
月給÷所定労働時間≧最低賃金額
参照:厚生労働調「地域別最低賃金の全国一覧」
条件5:適切な時間設定|判例が示す「月45時間」が事実上の上限である理由
固定残業制で設定するみなし残業時間には、法律上の明確な上限はありません。ただし、労働基準法36条では残業時間を月45時間と定められているため、それを大きく超えた時間を設定すると現実的な労働時間の範囲を逸脱しているとみなされる場合があります。

やむを得ず超える必要がある場合には、合理的な根拠を説明できる体制を整えておきましょう。
■適切な勤怠管理でコンプライアンスを守りながら、優秀な人材を確保
固定残業代制の適切な運用には、正確な勤怠管理が欠かせません。カラフルエージェント ドライバーは、ドライバー採用のプロフェッショナルとして、企業の労務管理体制に合わせた人材マッチングをご提案いたします。コンプライアンスを守りながら、即戦力となるドライバーの採用をサポートします。
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条件6:労働時間の管理| 安全配慮義務違反と不利な労働時間認定のリスク
固定残業代制を導入していても、労働時間の管理を省略することはできません。
また、未払い残業代のトラブルに発展した際、労働時間が従業員の主張通りに認定されるなど、不利な判断につながる可能性があります。
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5.【判例解説】月95時間のみなし残業は有効?ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件に学ぶ上限設定の法的リスク

固定残業代として95時間分もの残業時間を設定し、その有効性が争われた「ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件」をもとに、みなし残業時間の設定に潜むリスクや、企業が留意すべき考え方について解説します。
事件の概要:月95時間分の固定残業代「職務手当」の有効性
「ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件」は、北海道・洞爺湖付近でホテルを運営するY社と、同社で料理人として勤務していた従業員Xとの間で争われた裁判です。
Xの主張は以下の通りです。
- 長時間労働を強いられていたにもかかわらず、適切な残業代が支払われていなかった
- 賃金の引き下げなどの処遇に対しても不満
退職後の平成21年4月にY社を提訴しました。
裁判所の判断:「月45時間」を超える部分は公序良俗に反し無効
高裁は、本手当を95時間分の固定残業代として扱うのは労働基準法36条に反し、公序良俗にも抵触するおそれがあると判断しました。そのため、本手当は45時間分の残業代としてのみ有効とし、45時間を超える部分については、別途残業代を支払う必要があると結論づけました。
参照:全国労働基準関係団体連合会「ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル(自然退職)事件」
人事担当者が学ぶべき教訓:長時間労働の常態化を招く制度は無効となるリスク
固定残業代を用いて長時間残業を実質的に強制する運用は、コンプライアンス上の問題を引き起こし、法的リスクにも直結します。

労働基準法第36条や民法の公序良俗規定を踏まえ、固定残業代は「月45時間以内」を前提とした適切な設定が求められます。
6.【人事・採用担当者向け】導入・見直し実践ガイド

ここからは、実際に制度を導入する場合や見直す際に役立つポイントを紹介しますので、ぜひ参考にしてください。
これから導入する企業の7ステップ手順
固定残業代制の導入を検討する際は、以下のステップで進めましょう。
勤務実態の調査・把握
すべての部署の勤務状況を調査し、固定残業代制の導入が適切かを判断します。
対象者を決める
調査結果をもとに、対象者を決定します。全従業員に適用するか、一部に限定するのかを設計します。
詳細を設定する
年間の総残業時間や業務量を把握し、適切な固定残業時間と金額を設定します。
従業員に制度の説明をおこなう
固定残業代制の導入の目的やメリットを説明し、従業員の理解と同意を得ます。
就業規則に規定する
就業規則に固定残業代制を記載し、計算方法や対象範囲などの基本ルールを明記します。
新たに労働条件通知書を発行する
労働条件の変更に伴い、対象者ごとに新しい労働条件通知書を発行し、取り交わします。
運用スタート
制度に基づき、固定残業代制の運用を開始します。
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2024年4月に施行された労働条件明示のルール改正により、労働条件通知書への記載事項が大幅に追加されています。労働条件通知書の作成について詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
既存制度を見直すための完全チェックリスト
既存の固定残業代制を適正に運用できているか確認するためのチェックリストを用意しました。制度の点検や見直しの際に活用し、問題点の把握や改善につなげてください。
固定残業代制 導入チェックリスト
自社の運用は適法ですか? 6つのポイントで確認しましょう。
0/6 完了
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1. 残業時間の明記をしているか
固定残業代制では、必ず「金額と残業時間」を明記する必要があります。例えば「固定残業代5万円」とだけ記載する方法は認められません。
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2. 固定残業代と基本給を区別して記載しているか
基本給と固定残業代は区別して明示することが求められます。そのため、「基本給30万円(固定残業代を含む)」のような記載は認められません。
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3. 固定残業代の超過分を把握できているか
勤怠管理を正確に行い、設定した時間を超過した分を残業代として支払う体制でなければなりません。超過分を見過ごすと法律違反となります。
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4. 45時間以内の残業時間を設定しているか
36協定に基づき、原則として上限45時間を超える残業は違法となる可能性があります。45時間を超えて設定している場合は、見直しが必要です。
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5. 従業員の合意を得てから変更しているか
基本給や固定残業代を変更する場合は、新たに労働条件通知書を作成し、従業員の同意を得る必要があります。企業が単独で変更した場合は違法です。
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6. 就業規則などに固定残業代制を定めているか
適法に運用するには、就業規則や雇用契約書に制度を記載することが大切です。書面で明確にしておけば、労使トラブルの防止になります。
求人募集で誤解を招かない!適切な表示方法【厚労省リーフレット準拠】
固定残業代制を導入する場合、求人票は厚生労働省のリーフレットに準拠して記載してください。明記する項目は以下の3つです。
- 固定残業代を除いた基本給の額
- 固定残業代に関する労働時間数と金額等の計算方法
- 固定残業時間を超える時間外労働、休日労働および深夜労働に対して割増賃金を追加で支払う旨
引用元:厚生労働省「固定残業代を賃金に含める場合は、適切な表示をお願いします。」
■記載例
- 基本給30万円(残業手当を除いた額)
- 残業手当5万円(時間外労働の有無にかかわらず、20時間分の時間外手当として5万円を支給)
- 20時間を超える時間外労働についての割増賃金は別途支給
なお、2の手当に固定残業代以外の手当てを含む場合には、固定残業代を分けて記載することが求められます。また、深夜労働や休日労働について固定残業代制を採用する場合も、同様に記載が必要です。
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7.【現場の疑問を解消】固定残業代に関するQ&A

固定残業代制について、現場でよく寄せられる疑問や質問を紹介します。
Q. 「営業手当」「役職手当」を残業代代わりにできますか?
営業手当や役職手当は、業務の性質や役職に応じた手当であり、固定残業代として支給することは原則として認められていません。
Q. 実際の残業時間が設定時間より短かった場合、減額できますか?
実際の残業時間が設定した時間より少なかった場合でも、減額することはできません。固定残業代は取り決めた時間分の賃金をあらかじめ支払うものであり、残業時間が少なかったとしても支給が必要です。
Q. 固定残業時間まで、必ず残業させなければいけませんか?
固定残業代として設定した時間まで、必ず残業をさせる必要はありません。実際の残業は業務の必要に応じて行えばよく、取り決めた残業時間に満たなくても問題ありません。
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8.固定残業代制を正しく運用し、信頼される企業へ
固定残業代制は、適切に運用すれば人件費の見通しを立てやすくし、従業員の生産性向上も期待できる有効な制度です。しかし、基本給との明確な区分や就業規則への記載といった絶対条件を満たさなければ、制度自体が無効となり高額な未払い賃金が発生するリスクが生じます。
本記事で解説した判例や違法パターンを参考に、自社の制度をもう一度見直してみましょう。適切な労働時間管理と透明性の高い賃金制度は、優秀な人材の確保と定着にもつながります。
適正な制度運用で、信頼される企業づくりを目指しましょう。