運送業界では、労働時間管理や安全運転管理など、他業種とは異なる独自の規則が必要とされます。
特に2024年4月からの法改正により、時間外労働の上限規制が適用されることになり、就業規則の見直しが急務となっています。
本記事では、運送業における就業規則の作成方法から、法改正への対応まで、人事や経営者の皆様が知っておくべき重要事項を詳しく解説します。
- 運送業の就業規則に必須の記載事項の具体的な内容
- 2024年4月からの時間外労働上限規制への対応について
- 就業規則の作成から労基署への届出、従業員への周知まで一連の手続き
1.【運送業の就業規則】作成義務から必要性まで解説
運送業における就業規則は、単なる労働条件の明確化以上の重要な意味を持ちます。
長時間労働や不規則な勤務が常態化しやすい運送業では、明確な労務管理のルールを定めることが、企業と従業員双方を守る重要な役割を果たします。
また、安全運転管理や車両管理など、運送業特有の規定も含める必要があり、一般的な就業規則とは異なる特徴を持っています。
就業規則には何が書かれているのか
就業規則は、労働時間や賃金、退職に関する基本的な労働条件から、運送業特有の運行管理規定まで、幅広い内容を網羅します。
具体的には、
- 始業・終業時刻
- 休憩時間
- 休日などの労働時間に関する事項
- 基本給や各種手当の計算方法
- 支払方法などの賃金に関する事項
- 退職手続きや解雇事由などの雇用終了に関する事項
が基本となります。
さらに運送業では、
- 運転者の拘束時間制限や休息期間の確保
- 車両の安全管理
など、業界特有の規定も重要な要素となります。
就業規則の法的な作成義務について
労働基準法では、常時10人以上の従業員を使用する事業場に対して、就業規則の作成と労働基準監督署への届出を義務付けています。
この「10人以上」にはパートタイマーや契約社員なども含まれ、事業場単位で計算されます。
ただし、従業員が10人未満の事業場であっても、労務管理の適正化や紛争予防の観点から、就業規則の作成が強く推奨されています。
特に運送業では、労働時間や安全管理に関する規定の明確化が重要であり、規模に関わらず就業規則の整備が望ましいとされています。
運送業で特に就業規則が重要な理由
運送業において就業規則が特に重要視される理由は、業務の特殊性にあります。
長時間労働や不規則な勤務形態が一般的な運送業では、労働時間管理や休息期間の確保が重要な課題となります。
また、車両運行に関する安全管理や事故防止の観点からも、明確なルール作りが不可欠です。さらに、荷主との関係や配送時間の制約など、運送業特有の課題に対応するための規定も必要となります。
就業規則はこれらの課題に対する基本的な対応方針を示す重要な文書として機能します。
2024年4月からの法改正で変わった重要ポイント
2024年4月の改正では、運送業における時間外労働の上限規制が大きく変更されました。従来は他業種と異なる特例が認められていましたが、改正後は年間960時間という上限が設定されることになりました。
この変更に伴い、就業規則における労働時間管理の規定も見直しが必要となっています。
具体的には、時間外労働の上限設定、休息期間の確保、勤務シフトの調整など、様々な面での対応が求められます。
また、この法改正に対応するため、運行管理体制の強化や人員配置の見直しなども必要となりました。
2.就業規則に必ず含めるべき記載事項
就業規則の作成において、法令で定められた必須の記載事項を確実に押さえることは、コンプライアンス遵守の基本となります。
特に運送業では、一般的な労働条件に加えて、業界特有の規定も必要となるため、より慎重な検討が求められます。
記載事項は「絶対的記載事項」「相対的記載事項」「任意的記載事項」の3つに分類され、それぞれの重要性を理解した上で適切に盛り込んでいく必要があります。
以下で記載事項について詳しく解説します。
必須の「絶対的記載事項」を確実に押さえる
絶対的記載事項は、就業規則に必ず記載しなければならない項目です。
これらは労働条件の根幹をなすもので、具体的かつ明確な記載が求められます。運送業では、特に労働時間管理に関する規定が重要となります。
労働時間に関する事項(開始・終業時刻、休憩時間、休日など)
運送業における労働時間の規定は、一般的な就業規則以上に詳細な記載が必要です。
始業・終業時刻の基本設定に加え、運行スケジュールに応じた変形労働時間制の適用条件、休憩時間の確保方法、特に長距離運転における休息期間の設定などを明確に定める必要があります。
また、2024年の法改正に対応した時間外労働の上限設定や、休日労働の取り扱いについても具体的に記載します。
賃金事項に関する(賃金の決定、計算方法、支払方法など)
賃金に関する規定では、基本給の決定方法や各種手当(運転手当、深夜勤務手当、休日出勤手当など)の計算方法を明確に定めます。
特に運送業では、時間外労働や休日労働が発生しやすいため、割増賃金の計算方法や支払条件を詳細に規定する必要があります。
また、燃料費や高速道路料金などの経費の取り扱いについても明確にしておくことが重要です。
退職に関する事項(退職手続き、退職事由など)
退職に関する規定では、自己都合退職の手続き、会社都合による退職(解雇)の条件、定年制度などを明確に定めます。
特に運送業では、安全運転管理の観点から、重大な交通事故や度重なる違反による解雇条件なども具体的に規定しておく必要があります。
また、退職時の車両や備品の返却手続き、引継ぎ方法などについても明記します。
制度がある場合の「相対的記載事項」
相対的記載事項は、会社が特定の制度を採用している場合に必要となる記載事項です。
運送業では、安全運転表彰制度や無事故手当制度、車両管理規定などが該当します。これらの制度を導入する場合は、適用条件や運用方法を具体的に定める必要があります。
また、退職金制度がある場合は、その算定方法や支給条件についても明確に規定します。
会社独自の「任意的記載事項」
任意的記載事項は、会社の方針や特徴を反映した独自の規定です。
運送業では、社内の安全衛生管理体制、車両整備の基準、荷主対応のルールなどが該当します。これらの規定は、会社の安全管理方針や品質管理基準を明確化し、従業員の行動指針として機能します。
また、服務規律として、運転中の携帯電話使用禁止や喫煙ルールなども具体的に定めることで、安全運行の確保に役立ちます。
3.運送業特有の重要な記載ポイント
運送業の就業規則には、一般的な労働条件の規定に加えて、業界特有の重要な記載事項があります。
特に運行管理、車両管理、交通安全に関する規定は、事業の適切な運営と安全確保の観点から不可欠です。
これらの規定は、法令遵守はもちろん、実務的な観点からも具体的かつ実効性のある内容とする必要があります。
運行管理に関する規定
運送管理に関する規定は、安全かつ効率的な運行を確保するための基本となります。具体的には、運転者の拘束時間や休息期間の設定、連続運転時間の制限、点呼の実施方法などを明確に定めます。
特に2024年の法改正により導入された時間外労働の上限規制(年間960時間)に対応するため、シフト管理や人員配置の基準も含める必要があります。
また、デジタル式運行記録計の使用方法や記録の保管方法なども規定に含めることで、適切な運行管理を実現します。
車両管理に関する規定
車両管理に関する規定では、運送業の重要な資産である車両の適切な管理方法を定めます。
日常点検の実施方法や点検項目、不具合発見時の報告体制、定期整備の実施基準などを具体的に規定します。
また、車両の使用ルール(私的使用の禁止、駐車場所の指定など)や、事故・故障時の対応手順についても明確に定めます。
燃料管理や消耗品の取り扱い、車両の清掃基準なども含めることで、総合的な車両管理体制を確立します。
交通安全に関する規定
交通安全に関する規定は、事故防止と安全運転の徹底を図るための重要な要素です。
安全運転の基本原則、速度規制の遵守、飲酒運転の禁止といった基本的な事項に加え、悪天候時の運行判断基準や、過積載の防止措置なども具体的に定めます。
また、事故発生時の報告体制や初期対応手順、再発防止策の実施方法についても明確に規定します。さらに、安全教育の実施計画や、運転記録の評価方法なども含めることで、総合的な安全管理体制を構築します。
4.就業規則作成時の具体的な手順と注意点
就業規則の作成は、法令遵守と実務的な有効性の両面を考慮しながら進める必要があります。
特に運送業では、業界特有の規制や実務上の課題に対応した規定が必要となるため、慎重な検討と適切な手続きが求められます。
作成から運用開始までの各段階で、確実な対応を行うことが重要です。
従業員代表への意見聴取
就業規則の作成・変更時には、従業員の過半数を代表する者からの意見聴取が法律で義務付けられています。
運送業では特に、現場で働くドライバーの実態を反映した規定作りが重要となります。
意見聴取の際は、労働時間管理や休息期間の確保、車両管理などの実務的な課題について、現場の意見を丁寧に聞き取る必要があります。
また、2024年の法改正に伴う変更点についても、従業員の理解と協力を得られるよう、十分な説明と対話を行うことが重要です。
労働基準監督署への届出手続き
就業規則の作成・変更後は、労働基準監督署への届出が必要です。届出の際は、従業員代表の意見書を添付することが義務付けられています。
運送業の場合、業界特有の規定について労働基準監督署から指摘を受けることもあるため、事前に関係法令との整合性を十分確認しておくことが重要です。
定期的な見直しと更新のポイント
就業規則は、法改正や事業環境の変化に応じて定期的な見直しと更新が必要です。
運送業では特に、労働時間規制や安全管理に関する法令改正が頻繁にあるため、常に最新の法令に適合した内容となるよう、見直しを行う必要があります。
見直しの際は、実際の運用状況や従業員からのフィードバックも考慮し、より実効性の高い内容に改善していくことが重要です。
また、見直し・更新の際も、従業員代表からの意見聴取と労働基準監督署への届出を忘れずに行う必要があります。
5.運送業における就業規則作成方法
就業規則の具体的な作成方法について、各記載事項の作成手順と注意点を解説します。
運送業の特性を考慮しながら、実務で活用できる具体的な記載例も交えて説明していきます。
絶対的必要記載事項の作り方
絶対的必要記載事項は、就業規則の根幹となる部分です。
労働時間については、基本的な始業・終業時刻に加えて、運送業特有の変形労働時間制や時間外労働の規定を盛り込みます。
賃金規定では、基本給や各種手当の計算方法を明確に示し、特に時間外労働や休日労働の割増賃金について詳細に規定します。
退職に関する規定では、通常の退職事由に加えて、重大な交通事故や法令違反による解雇条件なども明確に定めます。
以下は絶対的必要記載事項の書き方の一例です。
- 労働時間
・始業・終業時刻
・始業時刻: ○○時○○分
・終業時刻: ○○時○○分
・休憩時間
・○○時○○分から○○時○○分まで - 休日
・毎週○曜日
・国民の祝日
・年末年始(○月○日から○月○日まで)
・その他会社が指定する日 - 休暇
・年次有給休暇
・勤続6ヶ月以上の従業員に対し、労働基準法に定める日数を付与する
その他の休暇
・慶弔休暇
・産前産後休暇
・育児・介護休暇 - 交替制勤務(該当する場合)
・交替制勤務の種類
・各勤務の就業時間
・勤務の割り当て方法 - 賃金
・賃金の決定
・基本給: 職能給制度に基づき決定
計算方法
・月給制: 基本給 + 諸手当
支払方法
・従業員の指定する銀行口座への振込
賃金の締め日と支払日
・締め日: 毎月○○日
・支払日: 毎月○○日(休日の場合は前営業日) - 昇給
・年1回、○月に実施
・勤務成績等を考慮して決定 - 退職
・自己都合退職の場合、○○日前までに届け出ること
・定年は満○○歳とし、○○日付で退職とする - 解雇
以下の場合、従業員を解雇することがある
・勤務成績が著しく不良で、改善の見込みがないと認められるとき
・心身の故障により業務に耐えられないと認められるとき
・事業の縮小または他の事業の変更により剰員を生じたとき
・その他前各号に準ずるやむを得ない事由があるとき
相対的必要記載事項の作り方
相対的必要記載事項では、会社が採用している制度について具体的に規定します。
例えば、安全運転表彰制度を導入している場合は、評価基準や表彰内容を明確に定めます。
退職金制度がある場合は、支給条件や算定方法を具体的に規定します。また、社内研修制度や資格取得支援制度なども、適用条件や支援内容を明確に記載します。
任意的記載事項の作り方
任意的記載事項では、会社独自の方針や規則を定めます。
服務規律として、運転中の携帯電話使用禁止や喫煙ルール、服装規定などを具体的に定めます。また、荷主対応のマナーや、車両の使用ルール、緊急時の対応手順なども、会社の実情に応じて規定します。
これらの規定は、具体的で分かりやすい表現を心がけ、現場で実際に運用できる内容とすることが重要です。
労働者への周知義務
就業規則は、作成・変更後に従業員への周知を行うことが法律で義務付けられています。周知方法としては、社内掲示板への掲示や社内システムでの公開、従業員への配布などがあります。
特に重要な変更点については、従業員説明会を開催するなど、確実な理解を促す工夫が必要です。また、新入社員研修などの機会を活用して、就業規則の内容を定期的に教育することも重要です。
6.運送業の就業規則の重要性を理解し、適切に作成・運用しよう
運送業における就業規則は、単なる労働条件の文書化以上の重要な意味を持ちます。
特に2024年4月からの法改正により、時間外労働の上限規制が適用されることになり、就業規則の重要性はさらに高まっています。
適切な就業規則を作成し、運用することは、法令遵守の基本となるだけでなく、従業員との良好な関係構築や安全運行の確保にも直結します。
作成にあたっては、労働基準法で定められた必須事項に加えて、運送業特有の規定を適切に盛り込むことが重要です。
特に運行管理、車両管理、交通安全に関する規定は、事業の根幹に関わる重要な要素となります。また、従業員代表からの意見聴取や労働基準監督署への届出など、法定の手続きを確実に行うことも忘れてはいけません。
さらに、就業規則は作成して終わりではありません。法改正や事業環境の変化に応じた定期的な見直しと更新、そして従業員への確実な周知が重要です。