労働条件通知書は、雇用契約の重要な条件を明確に示すために事業者が労働者に発行する法定文書です。
2024年4月からは法改正により、就業場所や業務内容の変更範囲、有期契約における更新回数の上限などの新たな記載事項が追加されました。
本記事では、労働条件通知書の基本から法改正のポイント、作成時の注意点まで、実務に沿って解説します。
- 労働条件通知書の法的位置づけと雇用契約書との違い
- 2024年4月からの法改正による具体的な変更点と実務対応
- 労働条件通知書の作成・発行における具体的な注意点と実践的なポイント
1.労働条件通知書とは
労働条件通知書とは、労使間で雇用契約の条件を正確に共有し、双方が納得の上で雇用関係を結ぶために事業者が発行する文書を指します。
以下では、労働条件通知書の法的な位置づけや雇用契約書との違いについて解説します。
労働条件開示義務にともなう書面
労働条件通知書は、労働基準法第15条第1項によって、事業者が労働者と労働契約の締結をする際に発行が義務付けられている文書です。
詳しい内容については後述しますが、賃金や業務内容、契約期間などの労働条件の主な記載事項です。
従来は書面(紙)による発行しか認められていませんでした。しかし、2019年4月から、労働者が希望した場合に限りFAXやメールなどの電子媒体による発行も可能となりました。
雇用契約書との違い
労働条件通知書は、雇用契約書とは似て非なるものです。
その名の通り、労働条件通知書は労働条件の「通知」を目的としており、基本的には事業者が労働者へ一方的に交付します。また、上述した通り、労働条件通知書の交付は事業者に義務付けられています。
他方で、雇用契約書は、事業者と労働者双方の合意に基づいて署名捺印を行う「契約書」です。雇用契約は口頭での合意のみでも成立するため、雇用契約書の作成・交付は法的義務ではありません。
2.労働条件通知書が必要な理由
労働条件通知書は、法的な義務であるだけでなく、労使間の信頼関係を築き、トラブルを未然に防ぐためにも重要です。以下では、その具体的な理由について解説します。
雇用トラブルを回避するため
労働条件通知書には、賃金や業務内容など、雇用契約を結ぶ上で特に重要な事項が具体的に記載されています。これらを事前に書面で明示すれば、採用後に給料や業務内容に関する不満を防ぐことが可能です。
また、書面という客観的な証拠を残すことで、口頭の場合のように「言った/言わない」で揉める心配が減ることも利点として挙げられます。
内定者の不安を取り除くため
労働条件通知書は、雇用条件に関する内定者の不安を緩和し、内定辞退のリスクを減らす上でも大切です。労働条件が不透明な状態は、精神面でも経済面でも内定者の大きな不安を招きます。
最悪の場合「ブラック企業かもしれない」と懸念される可能性もあります。こうした不安を取り除くため、労働条件通知書で雇用条件をしっかり伝え、情報の透明性を高めることが重要です。
3.労働条件通知書に必要な記載事項
労働条件通知書の記載事項は、労働基準法施行規則第5条によって定められ、記載が必ず求められる「絶対的明示事項」と、該当する制度が存在する場合に記載が必要な「相対的明示事項」に分かれています。
以下では、それぞれ解説します。
絶対的明示事項
絶対的明示事項は、以下の6つです。
- 労働契約の期間に関する事項
- 契約更新の基準(有期契約の場合のみ)
- 就業場所および従事する業務内容
- 始業・終業時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日・休暇、交代制勤務のシフト切り替えに関する事項
- 賃金(基本給や手当など)の決定、計算および支払い方法、締切日と支払日、昇給に関する事項
- 退職に関する事項(解雇の事由を含む)
参考:よくある質問|厚生労働省
さらに、パートタイム労働者を雇用する場合、以下の事項が必要です。
- 昇給の有無
- 退職手当の有無
- 賞与の有無
- 相談窓口
参考:パートタイム労働者の適正な労働条件の確保のために|厚生労働省
相対的明示事項
相対的明示事項は、以下のようなものがあります。
- 退職手当の適用範囲、支払い方法および支払時期
- 臨時賃金や賞与、最低賃金に関する事項
- 食費、作業用品などの労働者に負担させるべき費用
- 安全や衛生に関する事項
- 職業訓練に関する事項
- 災害補償や業務外傷病扶助に関する事項
- 表彰や制裁に関する事項
- 休職に関する事項
参考:よくある質問|厚生労働省
4.2024年4月からの法改正のポイント
労働条件通知書に必要な記載事項は法改正にともなって変化します。
したがって、厚生労働省のホームページなどで最新情報をチェックすることが重要です。2024年4月からは以下のように変更されました。
新たに追加された記載事項
2024年4月からは、以下の項目の記載が必要です。
就業場所および業務内容の変更範囲
就業場所や業務内容が将来的に変化する可能性がある場合は、その範囲の記載が必要です。
変更範囲が不透明な場合は、「事業者が指定する事業所(業務)」といった表記でも構いません。
また、有期契約で雇用する場合、以下の項目の記載が必要です。
- 更新回数の上限
- 無期転換の申込機会
- 無期転換後の労働条件
これらは「無期転換ルール」に関係する内容です。無期転換ルールとは、同じ事業主との間で通算契約期間が5年を超えた場合、労働者が申請すれば無期契約に切り替えられる制度です。
更新回数の上限を記載する理由は、無期転換ルールの適用条件に契約更新が関係するためです。
また、無期雇用を避ける目的で行われる不当な「雇い止め」を防ぐために、更新回数の上限を新たに設けたり短縮したりする場合は、その合理的な理由を事前に労働者に説明する義務も新たに追加されています。
無期転換の申込機会とは、労働者が無期転換の権利を得た際に、その権利が発生することを明示するものです。
無期転換後の労働条件については、他の無期契約労働者と公平であるように配慮することが求められます。
記載事項が改定された理由
今回の改正には、「労働条件の明確化」と「無期転換ルールの周知」を推進するという政府の意図があります。
まず、労働条件の明確化についてです。働き方の多様化にともない、転勤の可能性がない「勤務地限定正社員」や、特定の職務だけに従事する「職務限定正社員」などが増えています。
そのため、「正社員なら転勤や職務変更が当たり前」という従来の考え方が現代には合わなくなりつつあります。
こうした背景を踏まえ、労働条件をより具体的に示す必要性が高まり、今回の改正で就業場所や業務内容の変更範囲を記載することが求められるようになりました。
次に、無期転換ルールの周知についてです。無期転換ルールは、労働者の雇用を安定させる重要な役割を担っていますが、現状では労働者と事業主の間で制度への認識が十分に共有されていない場合があります。
こうした認識不足を解消し、制度の利用を促進するため、無期転換に関する情報の明示が義務化されました。
5.労働条件通知書の作成方法
労働条件通知書は、必要な記載事項さえ満たしていれば、各事業者が独自の形式で作成しても構いません。事業者によっては、雇用契約書と兼用している場合もあります。
ただし、独自作成では記載漏れのリスクがあるため、厚生労働省が提供するテンプレートを利用する方が効率的で安心です。
このテンプレートは雇用形態や業種別に用意されており、PDF以外にWord形式でも提供されているため、自社の都合にあわせて選択・編集できます。
自社での作成に不安がある場合は、弁護士などの専門家に相談するのもおすすめです。
参考:主要様式ダウンロードコーナー (労働基準法等関係主要様式)|厚生労働省
6.労働条件通知書の発行のタイミングと作成の注意点
労働条件通知書は、適切なタイミングに、適切な方法で発行する必要があります。発行に際しては、以下の点に留意しておきましょう。
労働条件通知書発行のタイミング
労働条件通知書を発行するタイミングは、「新規雇用」および「労働条件に変更が生じた際」です。
新規雇用のタイミング
労働基準法第15条第1項では「労働契約締結時」に労働条件を明示する義務が規定されています。したがって、採用時(入社時)または内定決定時に発行するのが一般的です。
雇用条件に関する労働者の不安や疑問を解消するためにも、採用が決まったら早めに発行しましょう。なお、有期雇用の場合、契約更新時にも再発行が必要です。
労働条件が変更になったタイミング
既存の労働者の労働条件に変更が生じた場合、労働条件通知書を発行するのが望ましいとされています。具体的には、業務内容、勤務場所などに変更が生じた際です。
特に、パート・アルバイトの正社員登用や派遣社員の直接雇用、定年後の再雇用などの場合において、大幅に労働条件が変わるため、新たに発行し直す必要があります。
労働条件通知書 書面発行の注意点
労働条件通知書は電子的に発行することも可能ですが、これは労働者が希望した場合に限られます。そのため、事業者側は原則として、書面(紙)で発行できる体制を整えておく必要があります。
なお、相対的明示事項に関しては、書面にせず口頭で伝えることも可能です。ただし、口頭で伝えるだけでは誤解やトラブルが生じるおそれもあるので、労働条件通知書に記載することが望ましいです。
記載しない場合でも、就業規則に明記するなどして労働者が内容を確認できるようにしてください。
労働条件通知書 電子的な発行の注意点
上記のように、電子発行が認められるのは労働者が希望した場合のみです。したがって、発行形式を書面(紙)にするか電子にするかは事業者の都合で判断せず、必ず労働者の意思を確認しましょう。
また、電子発行を行う場合は、印刷可能な形式で提供する必要があります。
具体的には、FAX、メールの添付ファイル、SNSのファイル送信機能などが該当します。ただし、SNSではファイルの閲覧期限に制限がある場合があるため、十分注意してください。
労働者にも、電子形式で保存するだけでなく、なるべく印刷して紙媒体でも保存するように呼び掛けましょう。
なお、労働条件通知書は採用する労働者個人に向けて発行する必要があります。したがって、不特定多数が閲覧可能なブログなどの媒体で提供することは認められません。
7.労働条件通知書は労働条件を透明化する法定必須文書
労働条件通知書は、労働基準法で定められた法的義務であるとともに、健全な労使関係を築くための重要なコミュニケーションツールです。
2024年4月からの法改正により、就業場所や業務内容の変更範囲、有期契約における更新上限など、新たな記載事項が追加され、より詳細な労働条件の明示が求められるようになりました。
作成にあたっては、厚生労働省提供のテンプレートを活用し、記載漏れを防ぐことが賢明です。また、書面での発行を基本としながら、労働者の希望に応じて電子的な方法も検討するなど、柔軟な対応も必要です。
適切な作成と運用により、採用後のトラブルを防ぎ、働きやすい職場環境の構築につながります。